2006年10月09日

やるなら負けるな!

10.29 武道館大会
<GHCヘビー級選手権試合>
チャンピオン・丸藤正道 vs 挑戦者・KENTA


あのときの“悪夢”が正夢になった…。

開幕戦のあと。
「2、3日中に挑戦者を決める」とコメント。
それを見て。
今日(10/8)のディファ大会の対戦チームの中に、きっと挑戦者がいるのだと、試合後にリング上でアクションを起すつもりだろうと思っていた。
ヨネなのか。リキなのか。KENTAなのか。
誰でもおかしくない状況で。
今は。
「やっぱりなぁ…」と半ば諦めのように思う。
NOAHにはいつも、小橋建太という“太陽”が輝いていた。
遡れば四天王プロレスに行き着くのだろうし、小橋ひとりだけで作り上げてきたものでは実際にはないのだが、NOAHファンにとっての「いい試合」とは「小橋のような試合」であり、NOAHのチャンピオンと言えば、“絶対王者”小橋建太のようでなければならない。
しかし。
小橋からベルトを奪った力皇は「小橋建太であろう」として失敗した。
なぜなら、ベルトは失っても本物の“小橋建太”はいつもリング上にいたのだから、“ニセモノ”は必要ないのだ。
巡って、秋山の戴冠が好意的に受け入れられたのは、小橋と秋山の間にあるストーリーや絆を思うと、その先に再び“絶対王者”となる小橋建太の姿を夢見たからではないのか。
それほどに。
小橋建太という“太陽”が輝いた日々は幸せだったのだ。
彼が自らの肉体と魂を燃焼させた炎のその熱に暖められて…。

でも。
小橋建太はNOAHマットから突然消えた。

そのタイミングで、丸藤正道はGHCヘビー級のベルトに挑戦し、王座についたのだった。
小橋と違ってジュニアで。
小橋と違って熱血ファイトでもなく。
小橋と違って短いキャリアで。
小橋と違って何の苦労もなくたった一度の挑戦で。
何もかも、小橋建太とは違う丸藤が、秋山準が持っていた小橋へと続く扉の鍵であるベルトを奪った。
NOAHのプロレスの基準が小橋建太なのだとしたら。
GHCヘビー級チャンピオンの基準が小橋建太なのだとしたら。
丸藤正道が巻いたベルトはつかんだ瞬間にガラクタになったのだし、彼の立つ場所はNOAHの中心から遠く離れた場所のままだ。

ならば。
丸藤正道は「小橋建太」を目指すべきなのか。
答えは否だ。
小橋建太という“太陽”のない世界を、違った方法で暖めるために丸藤正道はベルトを巻いた。
私はそう思っている。

今まで当たり前だったことをひとつひとつ当たり前ではなくしていく。
今まで考えられなかったことをひとつひとつ当たり前にしていく。
NOAHの、プロレスの常識を覆しながら、新しい価値観を構築していく。
これが丸藤正道の冒険なのだと。

戴冠からわずかな期間での、海外での防衛戦がその一歩。
誰もやっていないことから、丸藤正道の挑戦は始まった。
次に、ついにホームリングで迎える防衛戦は…やはり前代未聞の「ジュニア対決」しかないのだろう。

でも。
そんなことよりも。
1月にKENTAに負けたことを「今までで最高に悔しい負け」と言った丸藤のその気持ちの方がきっと大切だ。
ベルトなんかより、NOAHの未来より。
そんなに悔しかったのなら、今度は勝つしかない。

決まった以上は

絶対負けるな!


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posted by プロLOVE at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | MARUFUJIMANIAの呟き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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